開業社労士への道のり①

事務所概要でもご説明しましたが、私の人となりを知っていただくために、開業するまでの道のりについて書いてみたいと思います。

結婚して神奈川県に住んでいましたが、2003年に夫の仕事の関係で、地縁・血縁の全くない福岡県に転居しました。その後、すぐに妊娠・出産だったので、友達や知り合いを作る暇もありませんでした。

昼間は話し相手もおらず、住んでいる地域の子育て情報もほとんどない中での孤独な育児。産後自宅に保健師さんが訪問してくれるまで、ちょっとした子育ての悩みを相談する相手もいませんでした。

その当時は古い社宅に住んでいて、狭い割に物が多かったので、子供がハイハイするようになってからは、危なくないようにとサークルに入れたり、切ったばかりの爪で皮膚をひっかいたりしないようにと小さなミトンをつけたりと、いま思えばなんだか窮屈な子育てをしてしまっていました。

保健師さんがミトンを付けている子供を見て、「自由に物をつかんだりできないし、取っちゃいましょうか?」とアドバイスしてくれて、ようやくミトンが外せたんです。

子供を見ていられるのは自分しかいないし、ちょっと目を離した隙に何かあったらどうしようという不安が強くて、とにかく子供が怪我をしないようにという思いでやっていたことでしたが、その時期に自分の体を自分の手で触ったり、物に触れたりして、いろんなことを認知していくはずの体験を奪ってしまっていたと思います。

それだけ初めての育児をひとりでやらなければならない環境って、わからないことだらけ、不安だらけだったんだなとしみじみ思います。

その後、市がやっている30代のママ向けのイベントに行ったり、近くのショッピングセンターのリトミック教室に通ったりするようになって、少しずつ知り合いも増えていきました。

でも、なぜか心が満たされないというか、もっと別な『居場所』がないものか…と思う自分がいたんです。

学生時代、共働きで平日はとにかく座る暇もないぐらい動き回っていた母を見ていて、私はこんなに忙しい人生を送れないし、送りたくないなと思っていました。なので、大学を卒業して就職したとしても、結婚したら専業主婦になるつもりでいました。

でも、いざ専業主婦になってみると、やっぱり家事・育児に専念する生活は自分には合わないと感じてしまって…単なる我がまま、ないものねだりですね(苦笑)

とはいえ、そう感じてしまった以上、どうしたら自分に合った生活・人生を送れるんだろう?そればっかりを考えるようになっていきました。

手っ取り早いのは仕事を探すこと。でも、いきなり正社員に復帰するのは難しいし、子育て中でもできる仕事はないかと探し始めました。

すると、求人情報誌で「資格や経験は不要。子育て中の方でも、サポートがあるので安心して働けます」という、いきなりベストマッチな求人が見つかったんです。

それが、介護サービス情報公表制度の調査員でした。

介護サービス情報公表制度とは

介護保険法に基づき平成18年4月からスタートした制度で、利用者が介護サービスや事業所・施設を比較・検討して適切に選ぶための情報を都道府県が提供する仕組みです。この「介護サービス情報公表システム」を使うことで、インターネットでいつでも誰でも気軽に情報を入手することができます。

神奈川県内の指定情報公表センター(横浜市・川崎市・相模原市・神奈川県内のその他の市町村)のウェブサイトより

即応募して採用になり、慌てて子供を預けられる保育園を探したところ、自宅から歩いて行ける保育園に空きがあることがわかり、とんとん拍子に仕事と保育園が決まりました。